KANAのブログ

日々の思考、本の感想、自己啓発的な内容を発信していきます。

大学生になる前に知っておきたかった2つのこと

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こんにちは、KANAです。

 

 

年齢が上がっていくにあたって、過去の自分にアドバイスできるならしてあげたいことって出てきますよね。

 

今回は、「今の私が高校生の時の自分にアドバイスしたいこと」を記事にしました。

 

高校生の時のKANAってどんなだった?

大学生になってから得た教訓を書く前に、予備知識として私がどんな高校生活を送っていたかをまずは紹介しますね。(興味ないとは言わせない。)

 

高校生の私は、一言で言うと”平凡”。

 

本当に普通の高校生でした。

 

友達付き合いは人並み、勉強は学内ではできた方、彼氏ができたこともありましたがまぁ人並みで、でも少女マンガのようなシチュエーションに憧れるミーハー女子でした。

 

まぁそんな夢は叶わず、、、

 

性格に関して言うと、高校生の時の私はポジティブに振る舞うネガティブで、周りのことばっかり気にしていたり、めちゃくちゃ自分を責めたりしてました。

 

自分より他人優先してストレス溜めては当時一番仲よかった友達によく話聞いてもらってました。

 

受験生の時はなんか勝手にプレッシャー感じて、「今少しでも休憩したら落ちる」などと言ったようにめちゃくちゃ追い込んでいました。

 

そんな高校生活を送っていた当時の私に今教えてあげたいことを2つ考えてみました。

 

アドバイス①:高校は狭いコミュニティ

高校生の時って一番友達関係とかで悩む時期じゃないですか?

 

上記したように私は典型的なそれで、友達の顔を伺ってはちょっと何かあると傷ついて、みたいなことをよく繰り返していました。

 

特に私が通っていた高校は小規模だったのでほとんどの学生が知り合いで喋ったことのある人たちばかり。

 

その中で浮いたことをしたら変人扱いされて友達がいなくなるかもしれないって思ってしまっていたんですよね。

 

でも、大学生にもなるとわかります。

 

高校と言う狭いコミュニティーの中で自分の個性発揮しないで周りに合わせるなんてもったいないなぁって。

 

高校を出てしまえば今後帰省する時にしか会わない人たちだし相当仲の良い友達じゃないと縁も薄れていきます。

 

しかも外に出たことのない田舎育ちの高校生なんて、SNSが発達していたとはいえども視野が狭いんですから、その子たちの意見にしたがっていたってそれまた視野を狭める行為でしかなかったなって。

 

でも、大学に入ってからは、なんてたくさん変な人たちがいるんだっていい意味で思いました。

 

同じ年であったとしても全く異なるバックグラウンドを持った人がいて、本当に面白いって思って。

 

また、大学を超えての交流や社会人の人たちとも関わることが増えるにつれ、本当に、いい意味で「変な人たち」がたくさんいるんだなぁって思いました。

 

もちろん今だからわかるんですよね。経験しないとわからないことだから。

 

アドバイス②:勉強しないといけないよ

私は高校時代の多大な時間を無駄に過ごしたなって思います。

 

受験勉強も始めたのは高校2年生が終わる春休み。

 

まぁ俗に言う「3年生の0学期」。

 

それまでは定期テストのためにだけ勉強してたもんだからそのテストが終わるごとに勉強したことがリセットされていました。

 

とりあえず定期テストを切り抜けるために詰め込む。

 

そして終わったら忘れてしまう。

 

ただ、定期テストとかは試験範囲が狭いからなんとかなるんですよね。

 

でもさ、受験はそう言うわけにはいかないじゃない。

 

日々の積み重ねが本当に大事で、毎日ちゃんと予襲復讐やっていたら受験期あんなに苦労しなかったのにって思います。

 

でもある意味そのような反省を今しているからこそ大学では1年生から何か行動しようって言う意識を持つことはできましたけどね!

 

まとめ

今回は今の私が高校生だった私にあげたいアドバイスを2つあげてみました。

 

過去に囚われて前に進めないんじゃ意味がありません。

 

でも過去から得られるものってとっても大きいですよね。

 

そこから、成長できるように反省を生かしたいものです。

 

これからもいきていく上でまだまだ反省することはあるんだろうなと思います。

 

でもそうやって成長していきますよね。

 

 

たくさん行動して失敗して生かしていきます!

 

それでは

 

 

自分にとっての幸せを知ることはモチベーションアップにつながる

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こんにちは、KANAです。

 

先日、遅ればせながら尾原和哲さんの著書である『モチベーション革命』を読みました。

 

 

今回はそのなかで特にシェアしたいと思ったポイントを紹介します。

若者のモチベーション

若者のモチベーションが年々下がっているのだとか。

 

ないものがないくらい発達している現代、人々は何のために頑張るのか、という考えが過去とは違っています。

 

つまり原動力となるモチベーションがまるで違うわけです。

 

ひと昔は無いもの、足りないものが多く、世の中における、いわゆる「空白」がたくさんあったわけです。

 

したがってその空白を埋めるために働いたらその分直接的に社会に貢献することができたわけです。

 

「達成感」をよく味わえる。

 

しかし現代ではものに溢れこれ以上何が必要なんだかわからない時代になり。

 

何をしても貢献度が小さいと感じてしまったり、達成感を追い求めることが少なくなってしまい。

 

「幸せ」を何とするかということは時代にかかわらず人それぞれで全く違いますが、簡単に幸せを見出すことができなくなってしまている現代、「果たして自分は何を幸せと感じるのか」を把握しておくだけでも人生の充実度は変わってくるのかもしれませんね。

幸せの種類

本の中では、アメリカ人心理学者のマーティン・セリグマンが提唱する幸せのあり方の定義が紹介されています。

 

快楽
没頭
良好な人間関係
意味合い
達成

 

これらの5種類に分類されるんだとか。

 

自分にとっての「幸せ」を何と定義するかということは自己分析をする上でも大切ですよね。私も今一度考えてみようと。

 

まとめ

全てをシェアしたいくらいなんですが、ネタバレになってしまうので所々をかいつまんで紹介しました。

 

人生息苦しいなって思ってる人あやモチベーションが上がらないって人はもちろん、どの世代の人にも読んでみてほしい本です。

 

ぜひ読んでみてください!

 

 

 

それでは 

完璧を追い求めると不幸になる

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こんにちは、KANAです。
 

 

突然ですけども、完璧な人ってこの世には存在しませんよね。

 

でも特に高校生まで比較的成績がよかった人って

 

いい成績を取ろうとして宿題も真面目にやるし、校則にもちゃんと従うし、とにかく先生や親の言うことを聞いてきた人が多いと思います。

 

その一方でクラスに一人はいる先生の言うことをきかず宿題もしてこなくてめちゃくちゃ怒られてた人って楽観的な人が多くないですか?  

 

でも完璧な人なんていないです。

 

完璧は求めてもそれは存在しないものであり、追いかけても追いかけても手に入らないもの。

 

だからひたすら自分自身を満たすことができずに辛いだけ。

 

時には妥協してみたり開き直って受け入れることで気持ちが楽になったりします。    

 

まとめ 成るように成るって開き直ってみることも時には大切です。  

 

それでは 

小児期の小さな成功体験が強みに変わる

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こんにちは、KANAです。

 

皆さんが小学生の頃ってどんなでした?

 

私は小学生の頃にあまりいい思い出がなくはっきりとは覚えてないんですが。

 

一般的にみると小学生って正直な子が多いですよね。

言われたことを素直に受け止めるというか。 特に褒められた時とか、もっと頑張ろうって思う気持ちが強い気がします。

 

私もこれに関しては当てはまるなって思います。    

小学生の頃に体験した小さな成功

私は中高を通して英語では比較的良い成績をとってきました。(自分で言うのもなんですが)。

 

田舎育ちだったもので、英語ができる人が珍しいというかそんなにいなくて、私はよくすごいねと言われました。

 

もちろん、英語は道具でしかなく、話せる人は数え切れないくらいいて、今や特別でも何でも無いんですけどね。笑

 

でも当時、どうして周りよりも英語が得意だったかを考えてみたときに、小学生の時の経験があったからだと思ったんです。

 

何かと言うと、私は小学6年生の時に英検を受けて受かったんです。

 

たった5級で一般的にみると全然大したことないんですが、少なくとも私の周りには同い年で取っていた人は居なかったし、当時は単純に嬉しくて、もっと頑張ろうって思ったんですよね。

 

「みんなよりも一つ上の級を持ってる、嬉しい!」みたいな感じでものすごく単純にモチベーションが上がっていたというか。

 

その後も別にめちゃくちゃ座学をしたわけではなく、あくまでも好きなことの延長線上で勉強していたんです。  

 

でもそう思うと、小さい頃に小さくはあれども成功する経験をすることで、後々自分の強みになっていったのかなと思います。    

他にも

私は姉妹の中では音楽が得意な方です。

 

それもピアノの発表会や合唱コンクールで賞を取ったことなどをきっかけにさらに好きになって頑張ろうって思えたからじゃないかなって思います。    

まとめ

小さい頃って思考回路が単純で素直に受け止めることができるんですよね。

 

だからこそその時期にあった小さな成功体験はめちゃくちゃ褒めると伸びる気がします。  

 

だからこそやっぱり小さい頃に一緒に過ごす周りの人も重要じゃないかなぁと思いますね。  

 

今回はふとした気づきを記事にしてみました。

 

それでは 

日本人って議論しないよねって外国の友達に言われた話

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こんにちは、KANAです。

 

 

 

先日大学の友達と昼に話をしていました。

 

その時は外国人の友達が2人と私を含めた日本人が2人いました。 その時に話題になっていたことは「人種差別」について。

 

ある映画の感想から話は始まったのですが、そのトピックについて議論がヒートアップしていきました。

 

私はすごい議論するなぁって思いながら聞いていたんですが、一旦話が落ち着いた時に、外国人の友達一人が、 「日本人て議論しないよね。私もそう思うってばっかり言うよね。」って言っていました。

 

それを聞いた時に私も確かになって思いました。

 

普段からも薄々気づいてはいましたがそのことについて深く勧化得ることはありませんでした。

 

そこで私はその理由を私なりに考えてみたのでそれを共有しようと思います。    

教育方法の違い

そもそもここかなって思います。

 

教育スタイルは各国違うわけであり、日本も教育方法が変わってきていると言う話も聞きますが、私の経験上日本で受けた教育というのはレクチャー型。

 

先生が黒板を使って教科書を進めていくのみ。

 

議論の授業なんて滅多にありませんでした。 ただ知識を頭に詰め込むだけで考えたり反対意見を持ったりという環境があまりありませんでした。

 

しかし現在はいわゆるアクティブラーニングが促進されているみたいなのでさらに思考力を養いクリティカルシンキングができる人が増えたらいいなと。

 

私も鍛えないと、、、

 

アクティブラーニングに関する論文を見つけたので読んで見てください 早稲田大学高等研究所紀要↗      

責任をとれないから賛成しておく

このタイプもあるのかな。

 

例えば誰かにアドバイスを求められた時、的外れなことを言って悪い結果になったら責任取れないからとりあえず彼、彼女の意見に賛同してあげようって潜在的に思っているのかもしれないですね。    

 

まとめ

大学生になってからさらにいろんな国の人と友達になることが増えました。

 

その中で体感する違いって面白いし、とても考えさせられます。

 

こうやって考えることって大事だと思うからやっぱりよく似た考え方の人ばかりだけでなく全く違った考え方をする人と話をすることも大切だなと。  

 

それでは

 

         

優柔不断から脱出する方法

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こんにちは、KANAです。

 

 

決断力・即決力って社会人になったら求められますよね。

 

そこで今回の記事では決断力が欠如してしまう理由、そしてそれを養うためにできることを探っていこうと思います。  

 

決断力に欠ける人の特徴

協調性を重視しすぎる

決断力の欠如は「協調性」にも関わっている。

 

周りがいいと思う方が平和に解決できるし楽だって思ってしまう。

 

それで調和を乱すようならば誰かの決断に委ねた方が楽だって思いがち。

 

私の決断でみんなどう思うだろうって気にするくらいなら誰かに決断してもらった方が楽だなぁってね。

 

他者からの賛同がないと実行できない

優柔不断の人の特徴にこれもあると思います。

 

例え自分の中で「こうしよう」っていう行動指針ができたとしてもそれを誰かに相談して、賛同がなければ行動に移すことができない。

 

これすごく自己成長を止めてる気がします。

 

人はみんな違った価値観があるわけだから、例えば相談相手が異なったそれを持っている場合、行動に移すことをやめてしまう。

 

行動した先に何かがあったはずだとしてもそれをストップしてしまうわけだから、成長どころか足踏みしてるだけですよね。 勿体無い。

 

責任に対する耐性が弱い

ある意味、決断には責任が伴ってきますよね。

 

それが個人的なものの場合は関係ありませんが、周りを巻き込む場合には大きく関わってきます。

 

その場合にさ、間違った決断をしてしまって責められたらどうしようって思ってしまう。

 

ある意味責任逃れをしている。 

 

周りからの評価を気にしすぎる

だんだんどれも共通してきたのですが、これもひとつの特徴だと思います。

 

自分の下した決断がうまくいかなかった時、周りにどう思われるかななんて考えてしまう。

 

だからある意味、決断力に欠けてなおかつこれに当てはまる人は常に周りからの評価を気にしているのじゃないかな。

 

他者からの評価が絶対。みたいなところがあるのかも。

 

日常生活で言えば、自分の好きなファッションスタイルじゃなくて周りに受けのいいファッションスタイルを身にまとう、などなど。

 

これって意識してなくても潜在的にそうしている人も多いのかも。

 

これはある意味日本の社会がそうさせている可能性もがなきにしもあらず。

 

同調圧力というかなんというか。校則だって、高校生になるほど厳しくなる。

 

社会人に近づくにつれて社会に適応させるためだか知らないけど厳しくなる。

 

そのくせが抜けなくて大学生でも個性を発揮しきれない人がたくさんいるような...

 

決断力を養うには

ここまではネガティブな内容でしたがここからはこの決断力を養うために実践できることをまとめていきます。

場所は自分で決める

どういうことかと言いますと、例えば友達とご飯に行くとしましょう。

 

その時、「どこ行く?」って聞かれたら「どこでもいいよ」じゃなくて、「私が探しておくね」って言って自分で決めてみる。

 

自分が決めたところが良くなかったどうしようじゃなくて、決断力を養うためにはこう言った小さなことから実践して行くことが大事なのではないかと。

10秒ルール

このルールの説明をしていきます。

 

例えばご飯を食べに言った時。だいたいメニューが多くても2・3個に絞ることは簡単だと思います。

 

そこからですよね、時間がかかるのは。どれにしよう〜ってめちゃ悩みます。

 

そこでこれからは数個に絞り、そこから一つに選ぶ際には10秒以内に決めるルールを作ってしまいましょう。

 

これは即決力が少しずつではあるけども養われて行くのではないかなって。

まとめ

こうやって決断力に欠ける理由をひとつひとつ列挙してみると意外と解決方法は簡単にみえてきますよね。

 

これらはどれも簡単な解決策に聞こえますが、これらを積み重ねて小さな成功体験を積むことで決断力とうは徐々に養われて行くのではないかと考えるわけです。

 

私もこれまで自分が決断力に欠けていると分かりながらも何もしてきませんでした。

 

でも今回こうやってブログで向き合ってみることでみえてくるものがたくさんありました。

 

ある意味今回の内容は自分に言い聞かせている部分が多かったなぁって思います。

 

ではこれからこの欠点を克服すべく、上記の解決策をこれからバンバン実践していこうと思います。  

 

それでは

 

   

他人を否定して優越感に浸っていませんか?

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こんにちは、KANA( @kpagtscrrr )です。 

 

   

他人をディスりまくる人

 皆さんは、やたら他者を否定する人に出会ったことはありませんか?

 

何を言っても「でもそれはさ〜」とか「違うよそれは〜」とか何かにつけて批判・否定してくる人。

 

反対意見を持つことは決してダメなことではないです。むしろいいこと。

 

だって10人いれば10通りの考え方があるし、その意見を知ることで多様な側面から物事を考えることができるから。

 

でもやっぱり真っ向否定されたらいくら強い意志を持って話していても「あれ、違うのかな」なんて思ってしまう人もいると思います。

 

それも嫌味っぽく否定してくる人もいますよね。

 

反対意見は、とりあえず肯定してから私はこう思うんだって言ったらいいのにって私は思うんですよね。    

 

そういう人に共通すること

  どうしてもそうやって批判してしまう人は以下のいずれかに当てはまるんじゃないかな。  

①プライドが高い

プライドが高い人は自分の意見が否定・反対されるのを嫌いますよね。

 

だから私の意見が正しいんだって思い込みたいがために他者の意見を否定する。 これがまず一つ目のタイプ。    

②優越感を得たい

 ①タイプにも繋がってくるんですが、他者を否定・批判して自分の意見を述べることである種の優越感に浸りがち。

 

客観的に見てる側からするとすごくイタい人。  

 

私がこうやって今回記事にしてるのにはいくつか理由があります。

 

私はこれまで幸運なことに、たくさんの社会人の人・先輩の人と話をする機会がありました。

 

その中でもやっぱり尊敬できる人や、説得力のある人に共通して言えることがあるなと思います。

 

それが主に以下の3つです。

  1. まずは話をじっくり聞いてくれる。
  2. たくさん問いかけをして答えを導き出す手助けをしてくれる。
  3. 私の考えをまずは肯定してくれる。

 

私の価値観でしかないですが、これらが私が感じてきたことです。  

 

誰を、どんな人を尊敬するか、なんて、それこそ千差万別ですが、少なくとも他者を真っ向否定する人は他者を批判して下げ、優越感に浸っているのではないかなって思います。

 

他者を否定することでしか自分をアピールできないのは悲しいですね... 

私はそんな大人にはなりたくないなって思う次第です。  

 

皆さんはそのような人に出会ったことがありますか?      

まとめ

  今回は私の尊敬できる人に共通することの紹介になってしまいましたが。

 

この記事もある意味そういう人たちへの批判なのかななんて思ってきたり、でもそんなこと言ってたらきりないよねって話になってきて、、、

 

価値観の共有って難しい課題ですね。  

 

それでは